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大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)771号 判決

控訴人

紀州物産株式会社

右代表者代表取締役

野村良一

右訴訟代理人弁護士

中根茂

中根尚子

被控訴人

和歌山県商工信用組合

右代表者代表理事

松本清男

右訴訟代理人弁護士

田中幹夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

理由

一  控訴人が千賀幸一郎に対しその主張する手形金債権を有することは、いずれも《証拠》により認められ、被控訴人が本件各物件について控訴人主張の契約(以下「本件契約」という。)をし、これを原因として控訴人主張の登記を経由したことは、当事者間に争いがない。

二  本件契約の締結が詐害行為に当るか否かについて案ずるに、《証拠》によれば、次のとおりの事実が認められる。

1  千賀は、木材業を営んでいて、その主取引銀行は紀陽銀行朝来支店であり、山林売買業をしていた坂本初次との間には従来から商取引関係があつた。

2  千賀は、本件契約の以前から坂本に紀陽銀行朝来支店を支払場所とする融通手形を発行しており、本件契約当時その額は一億円に達していたが、千賀自身がこれに見合う資産を有していたわけではなかつた。

そして、千賀は、これらの融通手形について、昭和五一年七月六日に資金不足を理由として二五〇万円の手形一通を不渡にしたのを始めとして、同月二八日に同じ理由で二通金額合計三〇〇万円を不渡にし、さらに同月中に契約不履行を理由として五通金額合計八五〇万円(この中に控訴人主張の手形二通金額合計四五〇万円が含まれる。)を不渡にし、その他持込銀行を通じて同年七月中に二七通金額合計五六二〇万円、同年八月中に一〇通金額合計二九〇〇万円、同年九月中に一九通金額合計三五三〇万円(なお、本件契約締結以前の分、すなわち同月一三日以前を満期とするものに限定すると九月中の分は六通金額合計一一五〇万円)の手形を組戻した。

しかし、千賀と坂本の間では右融通手形は坂本において支払うことが約されており、右の契約不履行を理由とする支払拒絶および組戻もすべて坂本の指図に従つて行われた。控訴人主張の手形も、右の融通手形の一部であつて、坂本が森山政次郎に割引を依頼したところ、森山が控訴人から右手形の割引を受けたのに割引金を坂本に交付しなかつたことから紛糾し、千賀は坂本から頼まれて右手形につき契約不履行を理由とする支払拒絶をした。千賀と坂本の間ではこの解決は坂本がすることになつていて、控訴人が千賀を相手として提起した手形金請求訴訟(昭和五一年八月三一日提起)も千賀のための訴訟代理人は坂本が依頼して応訴の手はずをしたものである。

このように千賀は、坂本にかなりの程度の融通手形を出していたが、従前からその決済等の処置は坂本がしていたし、坂本が相当の資産を有していたので、右融通手形は結局坂本において支払つてくれるものと考えていた。

3  ところで、右紀陽銀行朝来支店は和歌山県西牟婁郡上富田町朝来にあるが、同所には手形交換所がないので、手形交換所の行う取引停止処分制度がなく、したがつてまた、取引停止処分猶予のためのいわゆる異議申立提供金の預託を伴う異議申立制度はない。それ故、資金不足を理由とする不渡があつても当然に取引停止処分が行われるわけではなく、また、契約不履行を理由とする不渡の場合に取引停止処分がされていないからといつて振出人の支払能力が担保されているという保証もないが、これらの場合に銀行が取引契約を解約するか否かは結局のところ支店長の判断に任されることになる。

右紀陽銀行朝来支店の当時の支店長栗山晃一は、千賀が前記のとおり昭和五一年七月に手形を不渡としたが、当時の千賀の経営状態からみてなお信用があるとして取引を継続していた(最終的に取引を解約したのは、千賀が事実上倒産した昭和五二年三月一一日である。)。

4  千賀は、昭和五一年九月坂本から六町歩の山林を代金六〇〇〇万円で買受けることになり、その資金にあてるため被控訴人から四二〇〇万円を借受けた。その際原判決添付別紙目録一、二の物件につき設定されていた根抵当権の極度額五〇〇万円を三六〇〇万円に増額するとともに、同目録四の物件、後満所有名義の上富田町朝来下内代一一一一番の一宅地三六三・六三平方メートル、楠本鉄次所有名義の同町岩田井之谷二一七番の一宅地二一・一四平方メートル、佐賀野玉夫所有名義の同所二一七番の二宅地二二八・九〇平方メートル、中村三一所有名義の同所二一七番の三宅地二〇八・一〇平方メートル、千賀征夫所有名義の同所二一七番の四宅地二三〇・〇四平方メートルを担保に供した。右担保物件はいずれも千賀の所有であつて、他人名義を借用して登記をしていたものであり、佐賀野玉夫所有名義の宅地は、同月一六日千賀所有名義に移し、昭和五二年三月原判決別紙目録三の物件と二一番の九に分筆された。

被控訴人(朝来支店)は、右貸付にあたつて右担保物件を約四四六三万円あるものと評価し、三一〇〇万円の担保余力があると査定し(そういうわけで、担保物件の一部についてすでに設定されている根抵当権の極度額五〇〇万円を含めて、極度額を三六〇〇万円としたものである。)、さらに千賀の資産状況等をも調査したうえ「資産状況良好であり資金繰にも余裕が見られる」と判断し、連帯保証人として申出られた者の資力も十分であるとして上記貸付を行つた(なお、被控訴人は、右貸付額と右極度額の差額については千賀が借受金の一部を被控訴人にした預金を担保にとつている。)。

5  そして、千賀は、当時坂本から右山林を購入し、また上記借受金を月々二〇〇万円ずつ返済するとの被控訴人との約定を昭和五二年二月まで履行していたし、当時千賀自身の木材業に支障はなかつたが、昭和五二年三月坂本の経営の行きづまりのあおりを受け手形の不渡を出して事実上倒産した。なお、千賀が坂本に融通した手形は合計二億三〇〇〇万円位に達した。

三  右認定事実によると、千賀自身が営む木材業には格別の問題がなかつたといえるが、千賀が坂本に対してした手形の融通には少なからぬ問題があつたものというべく、客観的にみて千賀には本件契約当時一億円に達する右融通手形を決済する能力があつたものとは考えがたいところである。昭和五一年七月中に不渡となり、同月から同年九月にかけて組戻された千賀振出の手形が少なからず存在したことは、一面において千賀ないし坂本の資金計画に問題を生じていたことを示すものではあるが、反面、それにもかかわらず千賀についての銀行取引は停止されることはなく、また、少なからぬ手形を組戻すことができる程度において千賀または坂本に信用があつたことを示すものともいえるし、千賀または坂本は少なくとも昭和五二年三月に破綻を生じるまで持ちこたえる力があつたということはできるから、千賀が坂本の手形処理能力に信をおいていたことには当時としてはそれなりの根拠があつたということができる。この間において千賀が坂本から山林買受を計画しその資金獲得のため昭和五一年九月被控訴人と本件契約を締結したわけであるが、上記のとおり当時千賀の木材業そのものには格別問題がなく、また千賀は坂本の手形処理能力に信頼をおいていたのであるし、被控訴人の行つた信用調査の結果等を斟酌すれば、本件契約は、千賀・被控訴人間の通常の金融取引であると目することができ、その極度額も現実の貸出額に見合うものであり、現に千賀はその借受金で予定どおり坂本から山林を購入しているのである。もつとも、右の昭和五一年九月は千賀が控訴人から手形金請求訴訟を提起されていた当時のことであるが、千賀が右手形金の支払を拒絶した理由は上記のとおりであり、その手形金が合計四五〇万円にすぎず、当時右手形金請求訴訟以外に他の債権者から千賀に対する訴訟が提起されたことを認めるに足りる証拠のない本件においては、本件契約が右訴訟係属中の行為であるからといつてただちにこれを債権者を害する目的に出たものと推認することはできないのである。これらの点からすると、そもそも千賀に本件契約により債権者を害する認識があつたといえるかには疑問があるばかりでなく、本件契約自体が詐害行為の側面を有するものと目することもできず、少なくとも被控訴人はこの点について善意であつたと認めることができる。

もつとも、前記証人宇坪、同道脇の証言により千賀に対する四二〇〇万円の融資についての被控訴人朝来支店から本店あての申請書であると認められる前記乙第五号証中の支店総括意見欄に「本件により振出手形の正常化並びに今後の取引主体化を計る」旨の記載があり、《証拠》によれば、千賀が昭和五一年七月二八日に資金不足を理由として不渡にした一〇〇万円の手形の持出銀行は被控訴組合朝来支店であり、当時組戻された手形のいくつかの持出銀行が同支店であることが認められるから、これらの点からすると、被控訴人としては千賀振出の手形に問題があると感じていて、これが右乙第五号証の「振出手形の正常化」との文言として現われたものと推認することができ、右認定に反するかのような前記証人宇坪、同道脇の証言部分は採用できない。しかし、被控訴人は千賀の主力取引金融機関ではなく、被控訴人が上記認定の不渡、組戻の詳細を知つていたと認めるに足りる証拠はなく、当審証人宇坪の証言によれば、右の組戻そのものは振出人との間でなんらかの話合がついていることを示すものと認められるし、なによりも主力取引銀行である紀陽銀行がその後もなお千賀との取引を打切ることなくこれを継続していたことからすると、被控訴人としては、右不渡、組戻によつてみられる千賀振出手形に問題があるとしても、本件の貸出を契機としてその「振出手形の正常化」さらには「今後の取引主体化」(《証拠》によれば、この「取引主体化」とは、被控訴人が千賀の主力金融機関になることを意味するものと認められる。)をはかりうるものとして本件契約を締結し貸出をしたものとみうるのであつて、叙上の事実もいまだ本件契約が通常の金融取引でなく詐害性を帯びるものであることを示し、または被控訴人の善意を覆えすに足りるものということはできない。

四  そうすると、控訴人の請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当で、本件控訴は棄却

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